生きてますよー!
ご無沙汰しております。
前回からなんと2年近くも経っております。
おかげさまでなんとか生きておりますよ。
相変わらず引きこもってはおりますが、日帰りでちょっとしたプチ旅行をしてみたり、植物の世話をしたり料理をしてみたり、のんびり過ごしている毎日です。
さて、どうして急にペンを取る気になったかと言いますと遡ること数日前。
スマホの画面に見慣れないポップアップが出ておりました。
ずいぶん前に書いたブログにコメントてくださった奇特な方がいらっしゃるというのです。
内容はとても嬉しいお言葉でした。
ありがとうございます♬
いただいたコメントをきっかけに、少しばかり過去の自分が書いた文章を見返したりしてみたわけです。
今見ても回りくどい文章だし、もったいぶった鼻持ちならない書き方ではありますが、いまだにそれは直ってませんね…。
2年経って、コロナ禍は少しばかり落ち着いてきたのでしょうか。
ウイルスが根絶されたわけではありませんが、ワクチンもひと通り打ってもらい、どうやらインフルエンザ辺りと同じ扱いになったようです。
それでもしんどい病気であることは変わりませんし、引き続き皆様、予防をお忘れなくですよ。
そんなこんなで、ひと段落ついた感の今日この頃、ようやく!やっと!
三人称のトークイベント再開です!
場所は埼玉県は三郷市。
住んでいるところからはギリ日帰りできる距離です。
ラッキー!
自力当選はできませんでしたが、仲良くしてくださっているフォロワーさんが誘ってくださったおかげで、午後の部に参戦できることになりました!
ありがたし!
これで今のところ、全てのトークイベントに参戦記録更新でございます!
引きこもり期間があまりにも長くなりすぎて、ひとりで出かけるのに不安はありますが、出かけるきっかけが三人称トークイベントでよかった!
他の用事だったらひよってた可能性がありますよ。
久しぶりに、フォロワーさんへのちょっとした手土産を何にしようか、お三方へのお手紙は何を書こうか、そうそう美容院にも行かないとだし!と、ワクワクソワソワしておりますよ。
無事に帰ってこられましたら、トークイベントの感想なんかも書けたらいいなぁと思っております。
期待しないでお待ちください…。
暁天六行会公演2019 動画アップ記念に
お久しぶりです。
なんだか憑き物が落ちたように、すっかりブログ欲が収まってしまい、3ヶ月ぶりとなりました。
実はその間にも下書きはいくつか書いたのですが、書いていてもあんまり楽しくないし、もちろん読んでも面白くないのでお蔵入りになっています。
たぶん日の目は見ない事でしょう。
さて、そんな無欲状態からいきなり書く気がトップギアに入ったのは、もちろんアレです!
いやめちゃめちゃ驚きました!
正直諦めかけてましたから。
何がって、暁天六行会2019の動画発表ですよ!!
なんの気無しにぼんやりとスマホを眺めていたら、画面にYouTubeからのポップアップが出ました。
新作が出されたらお知らせが出るように設定しているのは、三人称と暁天だけです。
そこに「暁天」の文字がっ!
あまりにびっくりして二度見どころか三度見、四度見しました。
そんな事してないで、早よYouTube見に行け!ってセルフつっこみしたほどです。
夢にまで見た暁天六行会公演2019、DVD化して欲しくてつゆポンの奥様にまで頼み込んだあの公演が、動画としてアップされたのです!
これが興奮しなくてなんとしますか!
過去のブログ「暁天推しの軌跡〜その8」に詳しく書いてますのでここでは割愛しますが、暁天ファンにとって六行会公演は特別なのです。
奇しくもアップされた11/15は暁天誕生記念の日。
6周年です。
なんとも粋な計らいではないですか!
1時間半にわたる公演をノーカットで。
呼吸も忘れて一気に観ました。
2年以上前の事なのに、自分でも驚くほど鮮明に覚えていました。
2回目に観た時は少しだけ涙が出ました。
最後のアンコールワットはあんなに楽しい楽曲だし、賽助さんのばちキャッチなんてレアシーンもあってめちゃくちゃ盛り上がるのに、なんだかジーンときてしまって……。
ありがとうございます。
活動休止宣言をした後に、映像を世に出すのを躊躇われたメンバーがいらっしゃるのも知っています。
もちろんお金も労力もかかっている事も。
それでもこうしてもう一度、暁天の姿を見せてくださって、本当にありがとうございます。
活動休止宣言から半年経ってみてわかりました。
やっぱりもう一度、暁天の生演奏を観て、聴いてみたい。
焦ったら辛くなるだけなので、気長にのんびりと、そしていつまでも待っています。
三人称の周りの神様たち
お久しぶりです。
しばらくブログから遠ざかっている間にすっかり真夏です。
暑いです。
神戸も夏は暑かったですが、盆地の鍋の底は暑さのレベルが違います。
朝からエアコン付けて引きこもっています。
それはいつもの事ですけども。
さて、前回まで暁天への想いを連綿と綴ってきた訳ですが、ブログがそもそもほとんど暁天(と三人称)の内容で締めていたので、なんだかちょっぴり燃え尽き症候群気味でした。
もう書く事なくなっちゃったなぁなんて、しょんもり思っていたんですが、私には三人称がいるじゃない!と思い出しました。
さて我らが三人称、結成10周年アニバーサリーイヤーの今年は、何かと精力的に活動されています。
新しい事にどんどんチャレンジされていて、片時も目が離せない状態ですね♫
つい先日も三人称の通販サイトでは新商品が販売スタートしました。
vacationをテーマに、トラベルグッズをイメージした新作はどれもかわいいかっこいい!
個人的には横長型のトートバッグがお気に入りですよ♫
もちろんひと通りゲットしました。
三人称のアイコンにも使われている公式イラストを始め、現在のグッズのデザイン、イラストは、ぺーさんが「神様」と呼ぶ、あるデザイナーさんが手がけておられます。
皆さんご存知のように、かわいいポップなものからシャープでクールなものまで、なんでもござれのまさに神様!なわけですが、そもそもなぜぺーさんを始め三人称のお三方はこのデザイナーさんを神様と呼ぶかご存知ですか?
三人称の大人気代表作「お前ら自分勝手」でおなじみのマイクラが、まだシリーズ化される前。
まだぺーさんがひとりで(配信なし)マイクラをちょこちょことやっていた頃に、とある方のサーバーで偶然出会ったユーザーさんが、この神様だそうです。
ずいぶんたくさんのユーザーが集まっていたこのサーバーの中でも、この方が作る建造物などが一際かっこよかったので、ペーさんはひそかに「(マイクラの)神様」と呼んでいた事から始まったようです。
雑談でもたまに話題に登る神様との馴れ初めは、マイクラだったんですね。
ひょんな事からTwitterで相互さんとなり、それからは基本的には年に1度、しかも数ヶ月ずれたタイミングでぺーさんのお誕生日のお祝いイラストを描いてTwitterにあげてくれていたそうです。
その間、水面下でどんな交流があったのかはわかりませんが、三人称がトークイベントを自主開催されるようになった2018年から、オリジナルグッズのデザインを担当されるようになりました。
ちなみにグッズの製作、販売及びトークイベントのプロデュースをされているのは、「FF14光の三人称シリーズ」のお助けメンバーでおなじみのカウボーイさん(牛さん)率いる会社です。
こちらの牛さん社長、カメラの撮影が素晴らしくお上手なのですが、トークイベントの時は自らカメラマンとして参加され、最後の記念撮影の時には、観客に拍手で迎えられる人気者社長なのです♫
そしてみんな大好きおにぎり君も、こちらの会社の社員さんです。
トークイベントでは生のおにぎり君に会えますよ♫
とても笑顔がステキな有能感溢れる青年です♫
かつてCoDというひとつのゲームで知り合った仲間たちと、10年たっても固い結びつきで共に歩んでいるだなんて、なんだかとってもステキです。
お三方はそれぞれ自らをミシリー(人見知り)とおっしゃっていますが、最近のドンさんのApexでの活躍から見ても、例えご本人たちが人見知りでも、お三方のお人柄を愛する人たちが自然と集まってくるものなんですね♫
それぞれ有能で優しい神様方。
これからも三人称と共に、楽しいことたくさん待ってます♫
暁天推しの軌跡〜後書きと感謝
暁天が突然の活動休止宣言をされたのが、2021年5月17日でした。
突然、とは書きましたが、実はなんとなくもしかして……という予感が、数ヶ月前からチラチラと視界の端でチラついていました。
なぜそんな風に感じていたのか理由はいくつかあって、でもそれは私の勝手な想像なだけで、それでも日々「あぁ、どうしよう。」と気を揉んでいた、そんな漠然とした不安でした。
誰もが想像していなかったほど長く続いてしまっているコロナ禍の日々。
生活の基盤である仕事でさえどうなるかわからない不安。
発表の場どころかお稽古で集まるのもままならない。
メンバー皆さんが、それぞれの新たな道を模索されている、そんな姿が垣間見える。
和太鼓を披露できる腕前を何年も維持していくには、体力も気力も、そしてお金も労力もすごくたくさん必要だと思います。
休止宣言は出るべくして出た結論、そう思います。
休止宣言の4日前。
Twitter暁天公式さんが久しぶりの更新。
メンバー6人が並んだ写真。
久しぶりに全員集合した、としか書かれていませんが、これを見た瞬間に「とうとうこの日が来てしまった」と思いました。
いい歳をしたおばちゃんが、ツイッターの画面の中の、小さな写真を見て泣きました。
皆さんにこやかで、とても良い表情をされていますね。
あの写真に題名を付けるとしたら、これしかありません。
「感謝(クンサー)」
ファンに向けての思いの丈が込められている、そんなステキな写真でしたね。
暁天に出会ってからの5年間は、私の私生活は決して楽しいものではありませんでした。
仕事環境の激変。
人間関係の問題。
体調や精神面での不調。
そして退職、引きこもり。
長年生きてきていますが、その中でも特別にしんどい時期と重なっていたのです。
そしてそれを支えてくれたのは、暁天と三人称でした。
(もちろん最大の理解者で支えてくれたのはダンナさんですが。)
単純な「大好き」だけでなく、本当に心の支えでもあったのです。
きっかけは三人称。
おそらく多くの暁天ファンがそうであったと思います。
ところが、そのすべてが鉄塔さん推し、賽助さん推しであったかと言えば、実はそうでもありません。
鉄塔さん、賽助さん、と暁天に入っても、そこから暁天ではつゆポン推し、ちょびさん推し、かのおさん推し、そうしさん推し、てぃけし推し、というふうに広がっていっていました。
それほど暁天メンバーの皆さんはそれぞれかっこよくて面白くて、どなたもみんなとても魅力的な方達でした。
そして、最後になってしまいましたが、すたっふさんに大きな感謝を捧げたいと思います。
5年以上に渡る暁天の歴史において、すたっふさんのご尽力は計り知れないと思います。
マネージメント、さまざまな調整や撮影、細々としたたくさんの準備や片付けなどなど。
ご自身もお仕事をされながら、ロシアにも遠征にもイベントにもほぼすべて同行され、あのややこし……個性的なメンバーをひと言で黙らせる事ができるとてもステキな方です。
私は暁天の真のリーダーはすたっふさんだと確信しています。
暁天ファンはお行儀が良いと言われた事がありますが、それはひとえにすたっふさんのファン教育の賜物です。
物腰は大変丁寧で優しいですが、理路整然とした説明はわかりやすく、キビキビとした態度にファンのわがままや無茶を許さない毅然とした風格がありました。
すたっふさんの隠れファンが多かったのもうなづけますね。
本当にありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
今回、暁天推しの総集編のような形で改めて綴ってみましたが、過去イベントに行く度にブログに書いていたので、重複してしまう表現も多々ありました。
イベント情報などについては、もしかして間違えていたり失念してしまっている事もあるかもしれません。
暁天の魅力や暁天への愛を伝えるのに、自分の才の無さが辛いです。
もっと書きたいこと、書き残さなくてはいけないことがたくさんあったような、いたずらに言葉を重ねているだけで、結局何も伝えられていないような。
何も書けない日々が続いたかと思うと、何時間も止まらず数話まとめて書き上げたこともあったり。
それでもなんとか、ここまで来ました。
愚痴や泣き言は書くまい。
それだけをルールに、思い通りに好きなように書きました。
異論反論はあるでしょうが、どうか心にしまっておいてください。
私なりの暁天愛の表現なのです。
そして、この期に及んでもなお、これでよかったのか、想いを伝えきれたのか、という考えが頭から離れません。
これで一旦、私の暁天語りは筆を置こうと思います。
また再びお会いできる日まで。
心からの愛を込めて「感謝(クンサー)」
暁天推しの軌跡〜その11「浅草花劇場篇」
花劇場とは浅草寺の裏手、日本最古の遊園地花やしきの隣りに2019年4月に作られた多目的ホールです。
その柿落としの演目は「花振袖の舞」
暁天の母校である玉川大学の先生や学生さん、卒業生を中心に作られた演目です。
「振袖さん」とは京都の「舞妓さん」と並んで知られる、芸事を生業とされている方たちの事です。
美しい振袖を着て、お座敷で三味線や謡と共に踊りなどをご披露するエンターテナーの皆さん。
ちなみに、暁天のつゆポンの奥様のうららさんも振袖さんをされていましたよ。
どなたもとても可愛らしくて踊りも素晴らしく、さらには所作がとても美しいのです。
他にも伝統芸能の踊りや、忍者の皆さんによるアクロバットダンスなど、様々な出し物を見る事ができます。
その「花振袖の舞」の中のいくつかある演目のひとつとして、暁天のメンバーが日替わりでお二人ずつ出演され演奏されると聞いて、これは是非とも行かなければ!となった訳です。
期間は少し空いたりしながらも延べ数ヶ月、およそ1年にわたっての演目ですから、さすがに関西から行くのも厳選しなければなりません。
となると当然、賽助さんの出演される日を狙います。
暁天以外の活動でもお忙しい賽助さん、数ヶ月の間でも出演されたのは4回だけでした。
そのすべてを見に行きましたとも!
メンバーの組み合わせによって演奏される楽曲は決まっていたので、私が聴けたのは賽助さんつゆポンの2人用にアレンジされた「感謝(クンサー)」。
そして、賽助さん最後の出演となってしまった日に初お披露目だった、てぃけしとのコンビでの「風雅(ふうが)」です。
アリーナ席最前列ど真ん中のかぶりつきで聴く和太鼓は、例え2人とは言えすごい迫力です。
そして(こんなこと書いたら失礼かもしれないけれど)最大のお楽しみは、舞台後のお見送り。
その日出演された暁天メンバーが出口まで出てきてくださり、ゆっくりと写真を撮らせてくれたりおしゃべりしてくれます。
そして、暁天としてのイベントではお客さんが多すぎて後に禁止になってしまったけれど、この花劇場では差し入れも受け取ってくれます。
あんまり大きな物やナマモノなんかはダメですが、ファンレターもバレンタインのチョコレートもお誕生日プレゼントも賽助さんに渡すことができました♫
最後に見に行った時はすでにコロナの魔の手がじわじわと近づいてきていた時だったので、お客さんはマスク着用の上、握手も差し入れもできなかったけれど、賽助さんとてぃけしは撮影のためにマスクを外してくれて、いろいろとお話ししてくれました。
そして、サイン入りのポストカードまでお土産にいただいて帰りましたよ。
浅草に行く時は飛行機で午前の早い時間に行き、最終便で帰るという強行遠征ではありましたが、生の賽助さんにお会いできたのは、あの2020年2月27日の花劇場が最後でした。
その後は「花振袖の舞」自体がコロナの影響で休演になってしまいました。
もしかしてあのお衣装を着た「暁天の賽助さん」に直接お会いできたのは、あれが最後だったのかもしれないと思うと、思い切って行ってよかったとつくづく思います。
まさかあの時は、暁天がこんな事になるなんて思いもしなかったですから。
もちろん、暁天が再開されて、そこに賽助さんがおられるのなら、こんな心配は余計な事、ですけれどね。
あの2月27日は、当初は行けない予定でした。
なぜならほんの数日後の3月1日は、三人称トークイベントin石川が行われる予定だった日。
石川には前後泊の3日間で行く予定だったので、年度末のこの時期、すでに私の有休は三人称と暁天でほとんど使い尽くされていたので、平日の27日は行けないと諦めていたんです。
ところが。
これもコロナ禍の影響で三人称の石川のトークイベントが開催1週間前に、まさかの延期のお知らせ。
この時はまだ中止ではなく、7月に延期しただけだったんです。
(結局7月にもイベントはできなくて、それであの無観客トークイベントとなったわけです)
慌てて電車とホテルと有休をキャンセルしたところで気がつきました。
「これ、27日行けるんじゃね?」
そこでギリギリではありましたが、花劇場のチケットを取り、日帰りで浅草まで出かけたというわけでした。
結局、生の暁天の演奏を聴いたのも、あの日が最後になってしまった。
ほんと行ってよかった。
チケットを忘れたことに浅草まで来てから気がつき半泣きでつゆポンに連絡をして、入口の受付に伝言してもらって入れた事。
皆さんからの差し入れで大荷物になるだろうと、賽助さんに大きなエコバッグをプレゼントして苦笑いされた事。
劇場の喫煙コーナーで賽助さんと立ち話した事。
終演後にフォロワーさんと暁天話で盛り上がった事。
そして。
暁天で演奏する時とは、ひと味違う花劇場での暁天メンバーの皆さん。
いつもよりちょっぴりマジメでお笑い要素は抜きで、純粋にとてつもなくカッコいい賽助さん。
たくさんの思い出があります。
いつかまた、あのステージで演奏するフルメンバーの暁天を見てみたいなぁ♫
暁天推しの軌跡〜その10「新潟遠征編」
今回は数少ない暁天の遠征についてのお話。
人数分の大きな和太鼓、メンバー6人とすたっふさんの計7人が地方に遠征するのは大仕事です。
太鼓を運ぶには車での移動になるため、かつての大阪〜姫路への遠征は、それはそれは大変だったと思います。
オリンピックツアーなど関東圏内でのイベントでも必要になる暁天カーは、暁天応援グッズの売上をコツコツと貯めて購入されたそうですよ。
そんな暁天が新潟へ!
地方都市の活性化を応援するプロジェクトの一環で、新潟は三条市へと暁天が遠征されたのは、2019年9月の事でした。
実は私は新潟へは同じ年の3月に三人称トークイベントで初めて訪れたばかり。
まさか同じ年に2回も行くとは思ってませんでしたよ。
暁天イベントでいつもご一緒するフォロワーさんと連れ立って前日に新潟入り。
美味しい海の幸をいただき、泊まったのは燕三条という上質な金物作りで有名な街でした。
イベント当日の朝、1時間に2本しかない電車に乗ってイベントが行われる北三条まで向かおうと、少し早めにホームに到着。
まだほとんど誰もいないホームのベンチに座ってのどかな景色を眺めていると、なにやらざわめきが聞こえてきます。
どうやら東京から新幹線が到着したようです。
今だから懺悔しますが、予想しておりました。
(いや確信と言ってもいいです)
東京から何時間も、荷物でぎゅうぎゅうの車に賽助さんは乗りたがらないであろう事。
1時間に2本の在来線に乗り継ぐには、この時間に到着する新幹線に乗っているであろう事。
だからこそ早めに駅に来て、新幹線からの乗り継ぎ客が降りてくる階段の真下のベンチに陣取っていた事。
そして私の予想は見事的中しました。
ざわめきが聞こえる中、階段をゆっくりと降りてくる賽助さんの姿。
手にはキャリーバッグとiPhone、耳には白いAirPods。
予想していたとは言え、思わずベンチから飛び上がり「おはようございます!」と大きな声でご挨拶しました。
(いや出ちゃったのよ大きな声が)
すぐに気がついてくれた賽助さんはニコリと笑って会釈してくれましたよ。
賽助さんはそのままホームの端まで歩いて、ツイッターにもアップされた写真を撮っていましたっけ。
同じ電車、同じ車両に乗り込んで北三条へ。
さすがに後をつけ回すのは良くないので、駅を出て右と左に分かれました。
フォロワーさんとオシャレなカフェでオリジナルスパイスの美味しいカレーをいただき、今回のイベントのメイン会場である商店街へぶらぶらと歩いて移動。
前日に散歩がてら来た時に目をつけていた、これまたオシャレなカフェでお茶でもしながら演奏時間を待つつもりでした。
真っ直ぐに伸びる商店街の向こうの方に目当てのカフェが見えてきた時、なにやらカフェの前でこちらに向かって手を振っている男性が2人。
さすがに知り合いもいない初めての街ですから、まさか私たちに手を振っているとは思わずぶらぶらと近づいてもまだ手を降り続けています。
思わず後ろを振り返ってみても誰もいません。
いよいよ近づいてみると、なんと手を振っている男性2人は賽助さんとかのおさんではありませんか!
そしてまさかの私たちに手を振ってくれていたのです!
目の前まで来るとあちらから「おはようございます。わざわざ遠いところまでw」と声をかけていただき、しばし立ち話。
聞くところによると、目当てのカフェが車2台に分乗した暁天メンバーの待ち合わせ場所だとか。
先に到着したかのおさんちょびさんすたっふさんカーと新幹線で到着した賽助さんが合流し、少し遅れているらしいつゆポン、てぃけしの乗っているもう1台を待っているところだそうです。
どうりでちょびさんがスマホで話しながら、カフェから出たり入ったり走り回っています。
暁天の皆さんが待ち合わせ場所にしているお店でのんびりするのもなんだか気が引けて、コーヒーをテイクアウトにして、街の散策をしながら演奏会場になっている三条別院まで移動。
この三条別院、浄土真宗の由緒ある大きくて大層立派なお寺さんです。
そちらの本堂が今回の演奏会場。
ここでの演奏がもう、ものすごくものすごかったのです。
お寺さんの本堂ですから、天井がとても高くて木造の組み木作りになっています。
本堂は広くて100人以上は入れるとのこと。
そちらに座布団がずらりと並べられています。
おざぶに座って暁天を聴いたのは、後にも先にもあれっきりでしたよ。
そうそう、今回はお仕事が忙しいそうしさんはお休み。
5人での暁天です。
時間になり本堂に入ってきた暁天の皆さんは、まず仕切りの向こうにおられる御本尊様に一礼。
大阪の天満宮で演奏される前にもお賽銭をあげてお参りされてましたっけ。
そして最初の一音が打たれた瞬間、広い本堂全体に太鼓の音が響き渡りました。
美しく複雑に組まれた組み木の天井は、本来読経の声が美しく広く響くための造作とか。
そのため、日本古来の楽器である和太鼓との相性は抜群なのです。
天井にぶつかり天から降り注ぐ太鼓の音はまろやかで優しく力強く、体全体を包み込むようでした。
何度も暁天の演奏は聴いていますが、あの本堂で聴いた演奏は格別に最高にピカイチに素晴らしかったです。
もちろん暁天ですから、途中のMCは笑いあり笑いあり。
由緒正しい立派なお寺さんでもそんなの関係ありません。
賽助さんのTERUポーズが生で見れたり、誰かさんの打ちミスで演奏が止まってしまったり。
ハプニングあり、笑いありではありましたが、演奏を聴いてガチで感動の涙が出たのも、あの時が初めてでしたよ。
演奏後は撮影会や暁天オリジナルのお土産までいただき、最高の気持ちで新潟を後にしました。
私の中では六行会公演と並んで最高の演奏が聴けた、そんな新潟遠征の旅でした♫
暁天推しの軌跡〜その9「オリンピックツアー編」
今年2021年は東京オリンピックが開かれるオリンピックイヤーです。
でも今回のオリンピックは、また別のお話。
暁天でオリンピックツアーと言えば、スーパーマーケットのチェーン「オリンピック」さんとタイアップ(?)した、店頭での演奏イベントの事なのです。
足掛け2年の間に、計6回(だったかな?ちょっと記憶が曖昧です)、オリンピックさんの店頭や駐車場などでミニライブを開催されました。
開催された順番は覚えていないのですが、武蔵浦和、鎌ヶ谷、平塚、本羽田、千葉桜木町、武蔵浦和は2回あったのかな?
スーパーの中のフードコートや駐車場など、ごく限られた空間で、それほどたくさん人もいない中での至近距離での演奏です。
今思えば、おそらく全力の大きな音は出されていなかったのかもしれません。
それでも和太鼓ですから、店内での演奏は音が反響して、とても大きく聞こえましたよ。
オリンピックツアーはその回ごとに、都合のつくメンバーだけが参加するやり方でしたので、少ない時だと3人、通常は4〜5人での演奏がほとんどでした。
唯一、6人全員が揃ったオリンピックは、2019年10月、最後のオリンピックとなった千葉桜木町だけでした。
仕事の都合が付けにくい時期だった私が行けたのは、本羽田、武蔵浦和、そして千葉桜木町の3回だけでしたが、どれも思い出深い遠征でした。
オリンピックツアーの演奏は公式さんにはアップされていないのですが、録画、撮影OK、SNSへのアップもOKでしたので、もしよろしければ私の拙いYouTubeをご覧になってみてください。
なるべくがんばって最前列で撮影しましたが、近すぎて全員を1画面に収めきれないため、賽助さん中心の動画となっておりますが。
しかも手ブレも音割れもなかなかのど素人撮影ですので、その点はご理解ご了承くださいませ。
オリンピックでは割とアドリブも多くて、いきなり即興演奏をされたり、無茶振りをされたり、メンバーの皆さんの仲良しトークが聞けたり。
予想外の楽しいハプニングがたくさんあったように思います。
もちろん演奏も思い出深いですが、個人的な裏話をひとつ。
当時まだ喫煙者であった賽助さんとは、オリンピック店内の喫煙ルームでばったり出会う事が多かったのです。
演奏開始前、1部と2部の間の休憩時間など、タイミングがたまたま合った時もあれば、(今だから懺悔しますが)喫煙ルームに向かう賽助さんの姿を見かけて、追いかけて行った事もあります。
他のメンバーとばったり出会うこともありましたが、賽助さん激推しとバレている私に「賽助さん、呼んできましょうか?w」なんて言われたこともありましたっけ。
そこではたわいもない会話をしました。
今日のセトリについて。
新曲について。
お天気の話やタバコの害悪について。
ひと足先に禁煙に成功された賽助さんとは、もう喫煙ルームトークもする事もないんだなぁ。
オリンピックツアーでは、演奏後に抽選で賽助さんのサイン会が行われていました。
希望者が多い時も、抽選と言いながらもすべての希望者と会話をして握手をしてサインをしてくださいました。
いつも「暁天のファンサは神対応」と言われた所以です。
さらに、こぼれ話をひとつ。
オリンピックの広報部長さん、暁天を呼ぶと人が集まるということを知り、非常に観客に対しても好意的な方でした。
本羽田での演奏後、お店の駐車場の空いたスペースで顔見知りのファン同士が三々五々集まっておしゃべりをしているとふらりと現れ、「みんな、暁天さんと写真撮りたくない?」と言い出され、わざわざ暁天の皆さんを呼んできてくださり急きょ撮影会を行ってくれました。
ちゃっかり自分も写り込むというお茶目なおじさんだったなぁ♫
すごく親密で距離感の近いイベントだったオリンピックツアー。
大きなホールやステージで行われるイベントとはまた違った楽しさがたくさんありましたよ。