小指の思い出(流血注意)
大学3回生だったあの頃、私は居酒屋でアルバイトをしていました。
地域1番店だったそこはジャズが流れるお金のかかったお洒落な内装、満席400名、在籍バイトは常時20名前後という大きなお店でした。
時代はバブル最盛期でした。
確か寒い冬の夜。
バイトがほぼ全員出勤だったあの日は、年間最高売上を叩き出した日でした。
2階から4階の三層のお店で、玄関やレジのある静かな2階は大人のカップル用、4階は宴会や大きなグループ用、卓数の多い3階は回転率も高く、1番忙しいフロアでした。
そしてその日は3階フロア担当でした。
予約ができる席は開店から閉店時間まですでに予約で満席、18時を過ぎる頃にはフリーの席も満員御礼。
待ちのお客さんもたくさん並んでいました。
21時をいくらか過ぎた頃、2回転目のお客さんの料理が出揃ったタイミングでフロアはようやく少し落ち着き、ドリンクオーダーが忙しくなる時間帯です。
料理は2階の厨房で一括して作り、小さなエレベーターで届きますが、ドリンクは各フロアにあるパントリー内で作ります。
そのパントリーから悲鳴が聞こえてきました。
ドリンクを作るのが忙しすぎて、下げてきたグラスを洗うヒマがなくてグラスが足りないと。
グラス洗いのキレイさと速さで定評のあった私がパントリーにヘルプで入りました。
危なっかしく積まれた使用済みのグラスが、シンクの中やその周りに所狭しと並べられています。
夢中で洗い始めましたが、洗った端から使っていき、新たに使用したグラスが運ばれてきます。
1時間ほどもそうやって、自転車操業のようにグラスをひたすら洗っていたでしょうか。
一瞬「あっ!やった!」と思いましたが時すでに遅し。
欠けていたのかヒビが入っていたのか。
洗っていたグラスが手の中で一気に割れ、大きな破片が私の右手の小指の付け根に刺さってしまいました。
とっさに抜きましたが、その途端に血が吹き出しました。
自分でもいい判断だったと思いますが、叫び声を出さず慌てず騒がず新しいおしぼりで手を包み、割れた破片を片付け、飛び散った血を拭き、ドリンクを作っている子に「ちょっと交代してもらってくる」と告げてパントリーを出ました。
ドリンク担当の子は最後まで気づかなかったと言います。
後から考えると、痺れてしまってあまり痛みを感じていなかったように思います。
3階フロアのバイトリーダーに「グラスで手を切ったわ」と告げるとこちらも見ずに「おぅ大丈夫か?」と軽く一言。
ヘビーローテーションの飲食店のグラスは割れるもの。
ガラスで手や指を切るなんてことは、皆んな日常茶飯事でした。
「うん、ちょっとヤバいかも。」と返した途端に貧血で目の前が真っ白になりました。
倒れそうになったところで気がついた相手がこちらを見ると、血塗れのおしぼりで包んだ右手を握りしめて顔面蒼白の私が、プルプルと震えていたと言います。
慌ててバイトリーダーが店長に告げると、即座に近所の救急へと連れられていきました。
時は真冬の夜22時過ぎ。
かたやバイトの制服は半袖のポロシャツ。
自分だけ着てきた上着を途中で店長が掛けてくれたのを覚えています。
傷は大きくはないものの思ったより深く、4針ほど縫合することになりました。
その傷は私の右手の小指の根本の神経を傷つけ、動きはするものの感覚は鈍くなり、その後3年ほどの間、定期的に痛みがぶり返すこととなりました。
それも数十年前のお話。
すっかり治ってなんの支障もない日々を過ごしていました。
その傷が今日は痛い。
そうして思い出した昔話でしたとさ。