舞台中止について思うところ
とうとう花振袖の舞も、上演中止のお達しが出てしまいました。
今のところ3/3、4、5の3回分。
その後は状況の変動に応じて再検討、ということのようです。
行かれる予定だったお客さんの切ない気持ち、わかる、わかります!
つい先日、石川トークイベントが延期になった時も切なかった……。
ひとりのしがないファンとして、どうしてあげることもできない行き場のない切なさ。
楽しみにしてたのに!という誰にぶつけていいかわからない憤り。
でもね、可哀想な自分に酔ってしまってはいけないなと思ったんですよ。
幸いなことに、出演者の方とやり取りをさせていただける中で、もしかしてお客さんよりも出演者の皆さんの方がツライんじゃないかって感じました。
舞台という(まさしく生きている)ライブは、その時にしか見れない世界。
演じている皆さんもそれは同じで、その日その時にしかできないパフォーマンスがあると思うんです。
なんとなくバラついていたところがピタっと決まったり、今までバッチリ決まってたところでいきなりミスっちゃったり、そんなところも含めてライブの醍醐味なんですよね。
中止になってしまった日にできたかもしれないパフォーマンスは、上手くいくのもミスっちゃうのも含めて、もうこの世に生まれることなく見れないってことなんですよね。
舞台を観に行く、という経験は私は花振袖の舞が初めてなんですが、まさか同じ舞台(同じ演目)を4回も観るなんて思ってなかったです。
あまつさえ5回目もすでに予約済みですから。
それは、何度見てもそのたびに違う新しい感動や発見があるからなんですね。
そして、それこそが出演されている皆さんの目指すところなんじゃないかなって思うんです。
だから、例え一回でも中止になるってことの重みは想像以上なんじゃないかって。
他の日に見ればいいじゃない、ではないような気がするんです。
(いや、そうするしかないんですけど)
感染症予防の為なんだし政府からも通達も出てるししょうがないことだから、そんなに謝ってくれなくてもいいのに。
そんな風に考えてました。
たぶんすごく悔しいんだろうな。
もちろん申し訳ない気持ちもたくさんあるんだろうけど、表現者である皆さんが表現の場を制限される、その辛さの現れなんだろうな。
やむを得ないとは言え、志しの高い人ほどその辛さは私のような凡人では計り知れないのかもしれない。
そんな風に感じてしまいました。
見当違いの勝手な想像かもしれないけど、少なくとも「休めてラッキー!な人たちではない」ですから。
どうか一日も早く事態が収束に向かいますように。
また浅草が元気になり、笑顔で再会できますように。