なるをの日々徒然

日々のアレコレをツレヅレします。

生誕祭♫

さて、昨日は2bro.の弟者氏のお誕生日でしたね。

昨夜0時を過ぎた瞬間から、ツイッターのTLが大変賑やかに盛り上がっておりました。

トレンド入りもしていましたね。

 

私は基本、ツイッターでは三人称ファンの方を中心にフォローさせていただいているのですが、私も含めて2bro.も好き♫という方がたくさんいらっしゃいますので、両方チームのメンバーどなたかのお誕生日の度にTLが赤や緑、青やピンクに染まるのは、当然ちゃあ当然ですね。

おかげさまで毎回眼福でございます♫

ありがとうございます♫

 

さてそんな中、ひとつのつぶやきが目に止まりました。

お誕生日絵のハッシュタグなどによく使われる「生誕祭」という言葉。

これは故人(亡くなった人、特に著名な偉人など)に使う言葉なので、まだご存命の方の誕生日に使うのは不敬だ、というものです。

 

私自身は絵を描けないのでハッシュタグで使ったことはないのですが、文章の中では何度か使ったことがありましたので、気になって少し調べてみました。

 

「誕生祭と生誕祭の違い」というワードで検索してみましたところ、いくつかヒットしました。

 

面白いのが、出所の違いによって解釈が様々あるというところです。

 

例えば、ある文献の説明では、本来「生誕祭」とは、キリストや釈迦の誕生日を表す言葉で、特にキリスト教では「生誕祭=クリスマス」である、というもの。

ここから、いわゆる歴史上の偉人の生まれた日を指すようになった、という説。

故人に使う言葉だ!と言われている方は、おそらくこの辺りがソースなのでしょう。

ただし、これらの文献は少々時間的に古いものが多かったように感じました。

 

もう少し掘り進めていきますと、ここ数年の比較的新しいソースがありました。

面白いのが、大抵の文献が枕に「諸説ありますが」と打っていることです。

これについては、後ほど。

 

さて、比較的最近の説の中で面白いと思ったのが、宗教的な意味合いを知っている知らないに関わらず、「文字として、誕生祭よりも生誕祭の方がアレンジが効くから」というもの。

 

どういうことかと言いますと、キーワードは「誕」という文字。

この「誕」は「生」に比べて、一文字で誕生日を表す(もしくはそうと通じる)ことができるため、例えば「聖誕祭」「爆誕祭」などのアレンジがしやすい。

「生」は一文字ではたくさんの意味合いを持つ言葉なので、かえって使いにくい、とのこと。

そのため「○生祭」より「○誕祭」の方が、使いやすさの面で普及していったのではないか、ということでした。

なるほど。

 

ネットで言葉の意味などを検索するのが好きなので割とそういう機会が多いのですが、比較的新しいソースには頭に「諸説ありますが」という但し書きがあることが多いです。

 

これだけが絶対正しい訳じゃないですよ、他にもいろんな考え方がありますよ、という意味だと私は捉えています。

 

そんな無責任な!と捉える向きもあるようですが、モノは考えようです。

 

かの金田一秀穂先生(言語学者、国語辞典の編纂にも携わっておられる)が以前、どこかのテレビ番組でネットスラングについておっしゃっていて面白いなぁと覚えているのが、言葉というものは生き物で、その時代に合わせて変化し続けているものである。

時と共に本来の意味とは違う使い方や他の意味が派生してくるのは必然である、というようなお話でした。

 

例えば「あざとい」という言葉。

本来は「どぎつい、貪欲である、抜け目がない」など決して褒め言葉とは言えない意味を持ちますが、昨今よく使われているシーンは「推しが可愛くて仕方がない」「かわいいって自分でわかってるでしょ⁈ でもほんとにかわいいから許す♫」という感じでしょうか。

ちょっと捻ってはいるけど、でも褒め言葉的に使われているようですね。

 

一番最初にその言葉を違った意味で使った人は、本来の意味を知らなかったのかもしれない。

勘違いして覚えていたのかもしれない。

だけど、その使い方を「いいね♫」と思ったたくさんの人たちがあっという間に広めていく。

 

ですから、諸説ありというのは言葉の進化の過渡期である、という意味なんじゃないかなと思います。

 

ちょっと小難しい話になってしまいましたが「生誕祭」でもいいじゃないですか♫

皆さん、良い意味で使っている訳ですし。

それにこれだけ広まってしまったら、もう元には戻れないですよね。

 

相変わらずひねた目線で物事を捉えておりますが、ともあれ弟者さん、お誕生日おめでとうございます♫